去年の10月の話だ。太田川沿いを60km走って帰宅した夜、夕飯の箸を持とうとしたら、右手の薬指と小指がうまく動かなかった。
「え、なんこれ」と思って指を見たら、見た目はいつも通り。ただ感覚が鈍い。グーを握ろうとすると、外側2本だけついてこない感じがする。妻が「なんか変な顔してる」と気づいて状況を話したら「病院行き」と即答された。「でも痛くないんだよね」と言ったら、「だから余計怖い」と返された。あのひとはいつも正しいんだよなぁ。
1ヶ月前から予兆はあったと思う
振り返ると、8月ごろから薬指だけ少しぴりぴりしてることがあった。ライド後1時間もすれば消えていたし、走っている最中もそこまで気にならなかったので放置していた。「まあ疲れてるだけだろう」と思っていた。
それが10月、宮島街道を往復する70kmルートに変えてから悪化した気がする。距離が増えたというより、ハンドルにかかる重みが増えたんだと思う。下りで無意識にハンドルを強く握る癖があって、それが積み重なったのかもしれない。週3回のライドで、毎回それをやっていたわけだから。平地でもなんとなく握りが強かったと、後になって気づいた。
何が起きていたのか、OTとして考えてみた
作業療法士として18年働いているが、自分の体のことになると案外気づくのが遅い。あとから「これだ」と思ったのが、「尺骨神経麻痺」の初期症状に近い状態だったこと。
尺骨神経というのは、腕の内側を通って小指と薬指を支配する神経だ。自転車のグリップエンド付近を長時間握り続けると、手のひらの付け根にある「ギヨン管」という狭い通路で神経が圧迫されやすい。医学的には「ギヨン管症候群」と呼ばれ、自転車乗りに特有の症状として英語では “handlebar palsy”(ハンドルバー麻痺)とも呼ばれている。
握る力が弱くなる、外側2本の指がしびれる、というのが典型的な症状で、自分の場合はぴったり当てはまっていた。ハンドルへの体重のかけすぎに加えて、薄いインナー手袋だけで走っていたこと——この2つが重なったのだと思う。OTとして外来でよく似た症状の患者さんを診てきたのに、自分では気づけなかったのが少し情けなかった。自分の専門領域のことほど、自分に当てはめるのが難しい。
試してみたこと、2つは外れだった
最初は「グローブをつければ治るだろう」と思い、ゲルパッド入りのサイクルグローブを買った。2,800円くらい。これはほとんど効果がなかった。グローブの厚みで圧迫が少し和らぐかもしれないが、根本的な姿勢が変わっていないから当然だ。ハンドルに体重をかけ続けているかぎり、圧迫の場所が少しずれるだけで神経への負荷は変わらない。
次に試したのは「ハンドルを高くすること」。ステムのスペーサーを1枚追加して、ハンドル位置を1cm上げた。前傾が減った分、腕への荷重は確かに減った。ただ今度は腰がつらくなった。腰椎ヘルニアの既往があるので、この前後のバランスが難しい。どちらも「完全に解決した」とはならなかった。2つとも間違った方向ではないが、どれも根本に届いていなかった。
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3週間で症状がなくなった、本当に効いた対策
変化があったのは「上半身の体幹で支える」という意識に変えてからだった。
具体的に変えたのは2つ。1つ目は「背中でハンドルを支える」イメージで走ること。腕でハンドルを引くのをやめて、腹筋と背筋で体幹を保ち、腕はあくまでも添える程度にする。言葉にすると単純だが、走りながら意識し続けるのは最初の1週間しんどかった。30kmを超えたあたりから体幹が疲れて崩れる。それを耐えるうちに少しずつ慣れてきた。
2つ目は握り方を変えたこと。ブラケットポジションで走るとき、手のひら全体で握るのをやめて、親指と人差し指側で支えるようにして、薬指・小指側に体重がかからないようにした。これがかなり効いた。握る場所をずらすだけで、あれだけ続いた違和感がほぼなくなった。
あわせて、呉方面のライドから帰ったあとは毎回、尺骨神経のストレッチを5分やるようにした。肘を軽く曲げて小指側を上向きにし、手首をゆっくり伸展させるだけの動作だ。患者さんに指導するときと同じメニューを、ようやく自分でやるようになったわけだ。
3週間後、夕飯の箸でほぼ気にならなくなっていた。4週目には完全に戻った感覚だった。
いまも続けている、再発させないための習慣
あれから7ヶ月ほど経った。症状が戻ってきたことはない。今も走り方の意識は変えていないし、帰宅後のストレッチは週4回のライドのたびに続けている。
グローブは結局、ゲルパッドより薄い素材に戻した。パッドが厚いと握りが不自然になって、かえって変な力が入る気がする。「道具で補う」より「使い方を変える」のほうが、根本的だなと改めて思う。道具に頼るだけだと、また同じことを繰り返す。
先月、外来でロードバイクに乗り始めた患者さんから「手がしびれるんですけど」と相談を受けた。話を聞くと、同じようにハンドルに体重をかけていた。グローブより先に「どこで体重を支えているか」を見直す話をしたら、「そんなところを見るんですね」と少し驚いていた。自分で経験していなかったら、たぶん気づけていなかった視点だったと思う。
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※手のしびれが続く場合や、指の動きに明らかな異常がある場合は、整形外科や神経内科への相談をおすすめします。

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